得る勉強と放す勉強:後編~キラキラ輝いていたあの頃のように~

親愛なる皆さん

おはようございます。

前編では、

勉強の仕方には二種類あると描いた。

得る勉強と、放す勉強。

どちらも大事だが、理屈ばかりで行動しない大人

には、後者を勧めたいと描いた。

前者が知識、理屈、理論を得る勉強に対して、

後者はそれらを突き放す勉強法。

何故突き放す必要があるのか?

それは、思いと行動の間に理屈、理論が割って入り、

すぐには行動しなくなる。更には出来ない理由を並

べだす、屁理屈を言いだす。

知識や理屈理論を得ることや考える事は勿論

悪いことではない、それどころかとても大事だ。

大事だが、それらが行動を抑制する道具になって

しまっていることに多く人が気づいていない。

出来ない理由、言い訳、屁理屈、他責・・・

それらはまるで子供頃のピュアな心の周りに

いつの間にかこびり付いてしまったしつこい

汚れの如く、お腹の周りについた贅肉の如く、

なかなか取れない。

そこで必要なのが、もう一つの勉強法、

それが“放す勉強”だ。

さぁでは、どうやって、取っ払い突き放すのか?

私の考えはこうだ。

苦言を呈してくれる人を見つけてその人に近づく、

こびり付いた汚れは、相当しつこいので、それを

叩き割ってくれるような苦言、厳しいことを云っ

てくれる人に近づき教えを乞うこと。

つまり、師となる人を探し、見つけ、師事すること。

苦言は出来るだけ避けたい、厳しいことは出来れば

味わいたくないというのが心情だろう。特に今の

時代、褒めて育てる風潮が強いし、何かにつけ

パワハラ、セクハラ、モラハラ、、、ハラハラ時代

になってしまった。(こっちがハラハラするわ!汗)

だから周りから苦言が激減している。故に苦言を呈

してくれる人「この人から言われるなら」と思える

人(人生の師)を持つことだ。

私の人生の師は、もうこの世には居ない。

でも、約30年間師事し、頂いた教えは、

私の心や細胞に沁みついて脈々と生き続けている。

出来ない理由や言い訳を並べて行動しない

輝きの失せたメタボリックの大人になるか、

思い感じるままに行動する

キラキラ輝いていた子供の頃のように生きるか。

今日も一日良い日に致します。

物流応援団長(兼)応援され団長

山田泰壮(やすお) 拝

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