知的な傲慢を正す

親愛なる皆さん

おはようございます。

3月も終盤、まもなく新年度がスタートします。

先週の日曜日は愛知、今週末は静岡にて

社員総会を行ない、4月からの新年度がよいスタート

が切れるよう、しっかり締め括ります。

そして、4月からは物流マネージャー実践研修の

シーズンがスタートします。

長年、受講生の皆さんにも自社内のリーダー達にも

一貫して伝え続けていること、それは、学び終えて

はいけないということ。

実践研修は半年間のロングランではありますが、
たかが半年間学んだくらいで人間が立派になるわけ

がない、その後も学び続けることを伝えています。

私の著書にも「アホの自覚」と題し、書かせてもらって

ますが、学ぶ為に不可欠なことは、学んでいないことへ

の自覚であり、気付く為に不可欠なことは、気付いてい

ないことへの気付きです。


「知っている」「分かっている」は大事なことですが、

更なる学びへの障害となる危険をはらんでいる。

学び終えたところから衰退が始まります。

同じような内容をピータードラッカーは

「知的傲慢」という言葉を使い警笛をならしている。

「もうこれで充分だ」という気持を持つことを強く

戒めている。

こんな話がある。
ドラッカー18歳の時、80歳になるヴェルディの

オペラを聴いて、生涯忘れることのない衝撃を受け、

ヴェルデイとその曲について調べた。
80歳という年齢で何故、このような並外れたオペラ

を書き、もう一度挑戦しようとしたのか?

その答えは、こうだった。
「完全を求めて、いつも失敗してきた。

だからもう一度挑戦する必要があった」
この短い答えに、ドラッカー青年は、

「生涯忘れることがない、いつまでも心に消すことができない

刻印となった」と、述べ、「いつまでも諦めずに、目標とビジョン

を持って自分の道を歩き続けよう、たとえ失敗し続けても完全を

求めていこう」と心に決めたといいます。

そして、ドラッカーは、90歳を越えても著作を書き、

ベストを追求し続けました。若き青年を巨人へと育て上げたのは、

常に「まだまだ」と現状に満足しない姿勢であった。

かく云う私も、否、私如きが小人が、「知ってる」

「分かってる」という意識が、けっこう強くなってきている

ことをふと感じることがある。「まだまだ」です。

「無知の元凶ともいうべき知的な傲慢を正すことである」
ピーター・ドラッカー  

今日も一日良い日に致します。

物流応援団長(兼)応援され団長

山田泰壮(やすお) 拝

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