経営とは、仕事とは、人生とは
親愛なる皆さん
おはようございます。
亡き師の影響で「産業と情緒」をテーマによく考える。
以前からコラムでもしばしば話題にしている。
産業の肥大化が人間性を劣化させ、情緒を欠乏させた。
産業社会は油断すると人間が本来根本に持っている
エネルギーが漏れだし、放っておくと根腐れしてしまう。
産業社会を否定しているというわけではない。
否定するどころか、私自身どちらかと云えばバリバリの
産業人間だ。ただ、無意識に放っておくと行き過ぎて、
毒されて、気付かぬうちに産業人間を超えてカネの亡者、
銭ゲバと化してし、根腐れしてしまう。金儲けは上手だが、
それが人間の価値だと勘違いしているような人に人間的
魅力は感じない。そんな人を何人も観てきた。
しかし、その人はそのことに本人が気づいていない。
産業と情緒のバランスは実に難しい。
資本主義社会のメカニズムは、
人間の果てしない欲望に見事にマッチし、
産業の肥大化は留まるところを知らない。
そんな資本主義や産業社会を否定したところで
仕方ないし、抵抗してもその流れを止めることは
できない。その中で生きていくしかない。
だから、その流れに乗って上手く泳ぐ、
決して飲まれない。
しかし、その波に飲まれない為の勉強や訓練が必要だ。
人間とは何か、如何に生きるかを常に意識し学び続け
ること。
経営や仕事は手段だ。
それは金儲けの手段でもあるが、
それだけでしかないと、上述の如く、
エネルギー漏れが始まり、気付かぬうちに根腐れする。
捉え方によっては、
経営や仕事は絶好の自己修練、自己成長の手段となる。
ビジネスシーンの中で起きる様々な現象を対処して
いく為に感情をコントロールし、人間として成長する
ことができる。そして、経営や仕事は自分を映し出す
鏡のようなもの、どんな体験も体験を通じて得た知識
も自分自身を見つけ出すことに繋がる。
上述の「経営や仕事」は「人生」と置き換えてもいい、
つまるところ、全ては物事に対する捉え方次第で
腐ることもできれば、成長することもできる。
物事は、捉え方によって、
全く違った景色が観えてくる。
今日も一日良い日に致します。
物流応援団長(兼)応援され団長
山田泰壮(やすお) 拝


