見た目だけは大人

親愛なる皆様
おはようございます。

昨晩、東京に入った。
今日からまた週末まで出張が続きます。

画像は今朝のホテルの窓から

昨日は、親友からの言葉に、気付かされ、
深く考えさせられる有り難い出来事があった。

私が研修講義や社内でも幹部や管理職によく云うセリフに、
「年齢や役職を重ねそれなりの立場になってくると
自分のまわりから指摘や苦言を発してくれる人がどんどん
減っていくので、要注意」というのがある。

自分への指摘、苦言は気持ち良いものではないし、
出来れば避けたいし、もらっても認めたくない。
ましてや、年齢や経験体験を重ね、
社長、先生、講師、先輩、親など、部下や後輩や子供に
指摘や苦言、アドバイスや指導をする立場になれば尚更
であります。

でも考えようによっては、これはチャンスでもあります。

私たちは幼いころ親や先生や周りの大人から指摘され、
苦言をシャワーのように浴びてきた。時に烈火の如く
叱られ、当時は殴られもした。(劣等生の私等は特に)

そして、ダメなものはダメと、間違ったことを正され、
育ち、善悪を知り、成熟し大人になった。
でも、本当に成熟したのか?そもそも成熟とはなんだ?
ダメなことをしない、間違ったことをしないのが成熟
した大人だとするならば、世を見渡せば分かるように
毎日のようにダメなことをし、間違ったことをしている
のは大人ばかりではないか?否、見た目だけが大人な
だけで、成熟しているとは到底思えないことをしている。

そういう人は、おそらく見た目だけが大人になって、
いつの間にか周りから指摘や苦言が無くなり、
気が付けば、ダメなこと、間違ったこと、善悪が分から
なくなり、とんでもないトラブルや事件を起こしている
のだろうと思う。

歳や役職を重ね、自分は未熟である、不出来であるという
ことを認識するのは容易ではないが、強く意識してそう
思うこと、もっと云うと、人間は愚かで、生きている間
ずっと未熟である、そう思うこと、それが、指摘や苦言
を謙虚に素直に受け容れることとなり、受け容れた分だけ
成熟するのだと思う。

私には指摘や苦言を発してくれる友達や先輩、
先生が周りにいる。

昨日は親友が、自分でもそれほど意識していなかった
傲慢さや幼稚さに気づかせてくれる言葉を、
そっと与えてくれた。
素直に受け容れ、意識し行動して参ります。

今日も一日良い日に致します。
物流応援され団長@山田泰壮 拝

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