ごめんねオジサン

親愛なる皆様
おはようございます。

私が社会人デビューしてから創業までの16年間
務めていた会社には、個性的な人が沢山いた。
お世話になった上司や先輩、一緒に汗を流して働いた
仲間達を時折思い出す。元気かなぁ、今頃どうしてい
るんだろう、懐かしい。

そんな中で、近頃よく思い出すのが、
通称‶ごめんねオジサン〟の横井さんのこと。
いい人だった、ちょっと不思議な人だったけど、
いつも笑っていた、どんなハードな仕事をしていても
笑顔だった、地顔が笑顔で出来ていた。
そして、いつも「ごめんね」を口にしていた。

「横井さん、おはよー」
「はーい、おはよー、ごめんね」
「横井さん、これお願いできるかなぁ」
「はーい、いいよ、ごめんね」
文法的には言葉の組み合わせが少しおかしいけれど、
そんなふうにして、いつも笑顔で「ごめんね」を
口にして、コミカルな動きをする横井さんの周り
はいつも笑顔が溢れる。
横井さんが「ごめんね」と、現れるだけで、
その場が笑顔になる。
なんとも不思議な魅力の人でありました。

近頃、横井さんのことを良く思い出すのには理由がある。
「ごめんね」が云えない人、謝れない人が、やけに目に
つく、そう思うのは、私だけだろうか・・・

私の持論だが、「ありがとう」よりも「ごめんなさい」
の方が発する難易度は高い。

何故ならば、「ありがとう」は自分本位で、
「ごめんなさい」は相手本位だからだ。

相手の行為に対して相手の気持ちがどでうあろうと、
自分の中から感謝の念が湧き上がってきた時に発する
のが「ありがとう」であるのに対して、
「ごめんなさい」は、自分の気持ちがどうであろうと、
相手の気を悪くしてしまったり、相手に嫌な思いや辛
い思いをさせてしまったり、迷惑をかけてしまった時
に発するもの、そこには自分の感情が入る余地は本来
無い、とにかくまず「ごめんなさい」のはずなのだが、
これがなかなかどうして、言うは易し、行なうは難し
の人が意外と多い。

「ごめんなさい」を阻む要因は、自分は悪くない、
「何故で自分が謝らなければいけないんだ」という、
という傲慢で自己中な性格、そして自己正当化、
自己防衛、自己保身からくる感情が根底にある。

でも、それは実は違うんだ。
違うというよりもより良い人間関係を築くには、
自分の気持ちや感情は脇に置いて、相手に嫌な思い
辛い思いをさせてしまったら、まずは謝れば良いと
私は思うのであります。

素直に「ごめんなさい」ただそれだけなのに・・・

横井さん、あぁ懐かしい、今頃どこでどうして
いるんだろう、お爺ちゃんになって、しわくちゃの
笑顔で、どこかで誰かに「ごめんね」を口にしてい
るのかな。

今日も一日良い日に致します。
物流応援され団長・山田 押忍!

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