ただ挑み続ける

親愛なる皆さん
おはようございます。

挑むか、逃げるかを常に問われている。

兆しに手を加えると挑む、
兆しに道を付けると逃げる。
上手く出来ている。

挑戦やチャレンジというと、そこには、
逆境や試練、または苦しいとか大変と
いったプロセスが前提としてあり、
だから、それに立ち向かったり乗り越
えていく為には、勇気や覚悟や根性と
いったものが問われる。

できれば避けたいし、逃げたいと思う
のも分からないでもない。

でも、何故か?
何故、逃げたいと思うのか?
相手が恐いのか?なぜ恐い?挑んでも
いないのに。
それとも自分の力を疑っているのか?
何故疑う?挑んだこともないのに。

恐れも疑いもなければ、挑戦の捉え方が
変わってくる。
時に手強い相手もいれば、楽な相手もいる。
ただそれだけだ。
挑んでみなきゃ分からない。

以下は、私の親友Yさんの言葉。。。
大学受験の高校時代、
先生に「東大を受験してみては」と言われず
「A大学を受験してみては」と云われたのは、
東大に合格する力は無いけどA大学なら合格
できる!と先生が思ったから。
今、B事業所を任されているC所長に対して
社長は何故「君にB事業所の所長を任せたい」
と言ったのか?それは社長が「C君ならB事業
所の所長が出来る」と思ったから。

つまり、人は期待してない人に期待はかけないし、
できそうにない人にやってみたらとは言わない、
つまり、つまり、出来もしないことは自分の前には
現れないし、自分には巡ってはこない。

自分の目の前に現れたコトやヒト。。。
挑むのみ。
手強いやつもいれば、楽なやつもいる。
ただ、それだけだ。

今日も一日良い日に致します。
物流応援団長(兼)応援され団長
山田泰壮(やすお) 拝

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