我が人生の師、昇天~私の源流、始まりを与えてくれた人~

親愛なる皆さん

おはようございます。

ついにこの日が来てしまいました。

お身体を悪くされてから数年、奥様に先立たれ

てからは特に元気がなくなり、ここ2年余は、

娘さんの献身的な介護のもと、過ごしてみえま

したが、先週金曜日、天寿を全うされました。

私の2冊目の拙著にも描かせて頂いております

我が人生の師、深沢清さん。

30年前、名古屋で出会い、人目惚れをし、

その時に

「本当の話がしたかったら一人で長崎にいなっせ」

の言葉に吸い寄せされるように、後日一人長崎へ。

(長崎県東彼杵郡波佐見町、有田焼で有名な

佐賀県有田町から車で5分ほど走ると長崎県

との県境、そこが波佐見町、師匠の地元です)

夜、有田駅まで迎えに来てくださり、

改札の向こうで立っている深沢さんの姿を見つけ、

駆け寄っていくと、改札出口の前で止められ、

云われた言葉が、なんと「何しに来た?」

、、、私は絶句。

しかし、これは試されとるな~と思い、

このオヤジさんに普通に答えていてはいかんと思い、

とっさに出た言葉が

「深沢さんの匂いを嗅ぎにきたですばい」と云うと、

嬉しそうな顔をして、

「そうか、なら、よか~」と。

そんなやり取りが私の人生初の波佐見町入り、

まるで昨日のことのように鮮明に蘇ります。

その後数えきれないほど訪れる町になるとは

その時には想像していませんでした。

そんな出会いから30年、人生の師と仰ぎ、

教えを乞うてきた。多く沢山の御縁と沢山の

学びを頂き、師の教えを常に意識して生きて

きました。学びのテーマは一貫して、

「人間とは何か、人間如何に生きるか」でした。

そして、それは学びと実践の旅の始まりでした。

今の私や私が行なっている様々な活動や事業の

源流は全て師の教えです。

本を読め!

読むだけじゃダメだ、書け!

読んで書くだけではダメだ、そこへ行け!と。

龍馬を読んでは高知へ

西郷さんを読んでは鹿児島へ

河合継之助を読めば新潟長岡へ

上杉鷹山を読めば山形米沢へ

全国ありとあらゆるところへ一緒に旅をしました。

そして、先人が生きたその現場に立つこと、

歩いた場所を歩くこと、直接観ること、

聴くこと触れること、、、先人たちの生き方を

今の自分の生き方、実践に活かすよう、いつも背中

を押してくださいました。

師との出会いは、そんな旅の始まりでした。

私のみならず、思えば、深沢さんは、

いつも「御縁と始まりを与えてくれる人」でした。

地元波佐見町においても、

24年の長きにわたる一瀬政太町長体制の始まりも

師が与えた始まりであり、

町議を勤めるの城後光君も、

スチームシップの藤山雷太君も、

鷹山会も、朝飯会も、ツーリズム事業も、

中尾山の四季舎も、、、

全て、深沢さんが始まりを与えてくれた賜物です。

西海陶器の児玉盛介会長とはコンビで、

地元のツートップ的な存在、地元を愛す二人の

カリスマリーダーが波佐見を守り、波佐見を育てて

こられました。

私は遠く愛知から波佐見町を応援する応援団長と

自称し、師のみならず波佐見町の多くの方々に

可愛がって頂きました。

先週末二日間、波佐見にて、師をしっかり見送って

参りました。物理的に師匠とはもう会えません、

声も聴けません。でも、心の中では生き続けます。

「ヤスオくん、何のために本読んどる?

何のために旅をしとる?その答えは何だ?」

答えれずにいると。。。

「仲良く」だよと教えて下さいました。

「人間如何に生きるか?」の問いに、

長い歳月をかけて学んできたその答えは実に

シンプルでした。

「仲良く」一見優しく、甘く幼稚な言葉に

見えるかもしれませんが、言うは易し行なうは難し、

「仲良く」には覚悟と哲学が要ります。

師の教えのお陰で、

私の日々は有意義で、楽しく、

時に辛いことがあっても乗り越えていける、

実におもしろい人生を生きることができています。

師亡き後、私の残りの人生、

新たな始まりを与えて下さったと捉え、

命ある限り、教えに従い生き抜いて参ります。

今日も一日良い日に致します。

物流応援団長(兼)応援され団長

山田泰壮(やすお) 拝

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