常識とは

親愛なる皆さん
おはようございます。

言葉遊びだが・・・
「常識」とは、「日常」と「意識」が合体して短縮した熟語。
「識」という文字は、「言」と「織」が合わさった文字で、
言葉を縦に横に織り成していくようなイメージ。
日常の中で言葉が織り成され意識の中に刷り込まれていく、
それが、その国や地域、家庭、その人の所謂「常識」として
成立していく。アイデンティティにも繋がっていくのかもしれない。

だから常識とは、その国や地域、家庭、または時代や環境、
その人その人によってまちまちであり、「常識が通用しない」
ということは、当たり前の如く起きるというのが“常識”だと
捉えなければならない。

だから、今騒がれている時の人?東京五輪M会長の常識は、
今の時代では通用しないわけだが、あの人にとっては、
辞任はするものの心の中では「なんで?」という気持ちだろう。

何故ならば、
女は良妻賢母で慎ましく、
夫に従い、三つ指をついて夫を迎える、
三歩さがってついてこい・・・
そんな時代環境の中で、親も先生も周りの大人たち皆が
そんな言葉が織り成している時代環境の中でM会長は育ち、
彼の意識の中に刷り込まれた。これが彼の常識なのだから。

常識やアイデンティティを主張すると、
時にトラブり、時に人を傷つけ、人間関係を壊すこともある。
それが国家レベルとなれば、果ては戦争である。

オリンピックのテーマでもある多様性とは、
これまでの自分では受け容れ難かったことを受け容れる
適応力や受容力、人間の器量を試されています。
M会長のことは他人ごとではなく、多様に変化していく
時代の中、様々な場面で私達自身が試されています。

今日も一日良い日に致します。
物流応援団長(兼)応援され団長
山田泰壮(やすお) 拝

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